慶長一二年(一六〇七)に完成したとされる熊本城は、一昨年に築城四〇〇年をむかえた。また、昨年四月からは本丸御殿が一般公開され、昨年度には二二二万人の入場者をお迎えした。再びたどることのできない歴史も、身近に感じると興味をそそるものらしい。
一寸前のこと、久しぶりに妻と一緒に映画を見に出かけた。それは吉永小百合・竹中直人主演の『まぼろしの邪馬台国』。映画では研究の内容より、盲目となった主人公を支えて研究にあたった奥様との話が主に展開した。
同書は昭和四二年一月の初版、書架に立つのは同年四月の八刷で、ものすごい刊行である。『邪馬台国』といえば、中国の『魏志倭人伝』に記された日本の発祥にも関わる三世紀の古代国家である。江戸時代からその所在地をめぐって議論され、いまだに九州説と近畿説があり論争が続いている。
長崎県島原在住である宮崎氏の説は当然九州説で、環有明海に『魏志倭人伝』の世界が展開する。映画のロケ地にも馴染み深いところが登場した。夕焼けに染まった宇土の御輿来海岸の干潟は、遥か古代へつながる回廊のように思える。また、上空から撮影した阿蘇中通古墳群の鞍掛塚古墳(前方後円墳)は古代史の謎を解く鍵穴にも見えた。
『まぼろしの邪馬台国』が発行されたその年、私は大学を卒業した。専攻は考古学で、帰熊して熊本博物館の学芸員の職に恵まれた。そこで早速購入して読んだわけだが、研究へのアプローチが異なり、興味はあったが学術的に納得するものではなかった。しかし、廻りを見渡しただけで、身近にこれほど古代へのファンタジーが広がるものかと感心した。
博物館や文化財の仕事を通じ、見学会や講座をつづけて四〇年を越した。そのような中で、この一冊は歴史のロマンを伝えるときの魂のような存在となった。「邪馬台国」は「心の中にあるのだ」と。
(熊本市文化財専門相談員)